怒りは無知 泣くは修行 笑いは悟り

今日は8月24日、火曜日。
お天気は晴れです。
処暑を過ぎても今年はあっつい。
それもそのはずですね。
熱帯夜が昨年の倍以上というのですから。

今日がお誕生日の方、
おめでとうございます。
24の積は「8」で、
無限大の可能性がダブルの日です。
佳き日でありますように。

生きているということは、
悲しい・苦しい・悔しい・・・など
いろんな感情があるということですね。

しあわせのハードルを低くして、
「生きているだけで丸儲け」と
思えれば、この世にいる人は、
みんなが、しあわせを感じることができますね。
(ブログ友さん、ありがとう)

まほさん、それはきれいごとよ。
そういう声が聴こえてきます。

はい、充分わかっております。
簡単にそう思えないから、みんな苦しみ、
生きづらいんですものね。

そんな人はたくさんいらっしゃると思うんです。
まほも、いまは、こうして元気なおばさんをしていますが、
大病してから一年近く腐っていましたからね。

時間・・・歳月はいいものですね。
どんなに今日悲しんでいても
24時間経てば、昨日にかわります。
その時間の積み重ねで悲しかったことや
悔しかったことの「傷あと」が
薄くなっていくものですね。

わたしは大病時、
「きっと笑えるから」という言葉を
うなずきながら、にこにこ聴いていました。
でも、でも、そんなのは外見だけで、
心の中は寒々とした「絶望感」だけでした。

お若い方は「きっと笑えるから」=ウソ・・・
と言い切ります。そうでしょうねぇ。
きれい事は言わないでとまほにおっしゃるでしょう。
でも、実際そうじゃなかったと、
まほは証明できたんですよぅ。 (いつかきっと)


わたしはね。
今わからなくても、いいと思うんです。
悲しければ泣いていいんです。
腹が立ったら怒ればいいんです。

ありがたいですよぅ。時間というのは。。。
苦しい中から、もがきながら
必死で生きることを考えるじゃないですか?

こんなに泣いたら「お化粧がはがれる」とか
「みっともない顔」とか思わんでしょう?
なりふり構わずというのが
必至に生きていることだと思うんです。

そうしますとね。
1時間泣き続けていたら、
1ミリでも前進できているんですよぅ。
「今はそれでいいんだ」と思えたら、
ちょっとはこころが軽くなりませんか?

「怒りは無知 泣くは修行 笑いは悟り」

こんなような言葉を入院中に聴きました。
まだ耳が聴こえていたころです。
おっしゃったのは、たしか、神田正輝さんの
亡きお母さま(女優)でした。

ああ~、わたしはいま修行中なんだと思いました。
退院から、8年という歳月が経ちました。
そんな大きなお子さんがいるなんて・・・と
驚かれた40代より、人並みに歳を重ねまして、
50代になれました。

そうして、怒りは無知から来ること、
泣くことは人間修業に欠かせないと実感しました。
人は悲しみも苦しみも体験せずに、
やさしくなれないものですね。
(自分自身や人さまに)

今日はお昼からリハビリに行ってきます。
2年以上かけて115キロ歩き切るという目標、
ただいまの歩行距離累計 78470メートルです。
お留守番をよろしくお願いします

今日も最後まで読んでくださって、
あなたの貴重なお時間をいただいて、
ありがとうございました。









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by mahorou | 2010-08-24 09:08 | 2010年のつぶやき