カテゴリ:2011年のつぶやき( 166 )

2011年過去記事転載・コピー(長文)
お時間あるときにご覧ください。



わたしは入院中の2002年は、
人生で一番頑張れた時期だと思います。
いえ、そのとき以外にも、
本当はもっとがんばっていたはずですが、
がんばっているのに、つらい・・・
そんなときがありました。


がんばって、がんばっているのに、
結果は出ず「つらい」というのは、
なぜなんだろうと、自分の体験を振り返り、
こういうことかなと思ったことを書いてみますね。


それは、たぶん、「がんばる方向」が
違っていたんじゃないかと、
50代のまほには思えるのです。


「がんばる方向」ってなんやと
いう声が聞こえます。
説明してみますね。
たとえば、風邪(腹痛もある)なのに、
胃腸薬を飲んでいては、
咳やのどの痛みは消えず、
風邪が完治しないようなものです。


つまり、風邪にあたるものが、
じぶんの心なんです。
心にぴったり効くお薬じゃないと、
こころの痛みは消えないのです。


そう考えますと、
がんばって、がんばっているのに、
つらかったことが、証明できます。


まほはこころの要求と違うことを、
がんばっていたんです。



歩けるように、元気を出して、
がんばらなければならない。
この、〇〇しなければならない、
mustという感情が、
まほのこころを苦しめていました。
ですから、リハビリをがんばっても、
腰すら上がらない、
車いすに数分しか座っておられないと
いう事実は、まほのこころに
「駄目な奴」「辛抱が足らない奴」という
レッテルを貼り、リハビリ自体を
苦痛なものにしました。
当然、リハビリも楽しくありません。
ただのノルマですからね。


そこで、こんなことでは、
退院の望みの綱であるリハビリ自体が
嫌いになってしまう・・・
そう思ったんです。
結果なんて、いいじゃないか。
自分がリハビリを楽しむことが先決。
リハビリを嫌いになったらだめだと思いました。


わたしは言われたことができないと、
先生に詰め寄って、出来ない理由を探していました。
いまなら、こんなことをすればするほど、
自分を落ち込ませるって、わかります。
自分が掘った落とし穴に、
まんまと落ちる方向でした。


いくら、原因を探っても、
できないことはできないんだ・・・
そういう風に「がんばる方向」をかえたんです。
そうしたら、自分のこころのつらさ・痛みが
消えていったんです。


結果を気にせず、リハビリが楽しめたんです。
調子よくできたときは大いに喜び、
調子が悪い日でも、明日またがんばろうと
思えたんです。


たぶん、自分のきもちに逆らって、
〇〇しなければという気持ちを持たず、
結果より、過程を重んじたことが
よかったと思うんですね。


〇〇しなければを〇〇したいに
かえた事が大きいと思います。
つまり、mustからwantにしたんです。


川の流れに逆らわず、
志(しあわせに生きる)だけは持って、
流されてみたんです。
そうして、気づけたんです。
人間のこころが苦しいのは、
こころに思っている自分の気持ちを
否定していたときだと。
自分のこころを肯定すれば、
心が喜ぶのだということを。
ありのままを認められない、
受け入れない心が、
自分をつらく、
しあわせから遠ざけていたということを。


しあわせになる「つぼ」は
自分の感じている気持ちに逆らわないことだと、
まほは思いましたよ。




今日も最後まで読んでくださって、
あなたの貴重なお時間をいただいて、
ありがとうございました。

 
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by mahorou | 2016-06-16 12:00 | 2011年のつぶやき

あなたのおそばに・・・

「なみだの精の願い」

はじめまして
なみだの精です

わたしは
いつも
あなたのおそばにいます

けれども
あなたには
わたしの姿は
みえません

わたしには
あなたの瞳から
こぼれおちる
なみだのしずくが
みえるのです

だから
がまんせず
泣きたい時には
思いっきり
泣いてください

人のせいにしないで
わたしに
あなたの
うつくしいなみだを
ください

あなたの
なみだのおかげで
わたしは
生きていられるのです

そうして
あなたの
なみだが乾ききったころ
わたしは充電を終え
また
あらたな出逢いを求め
旅を続けます



2008.01.25


人間は、自分が
信じたいものしか、
信じようとしない。
そして、一度、
信じてしまったものは、
たとえそれが過ちで
間違いであったとしても、
なかなか訂正しようとしない。
(「だまし」に負けない心理学、香山リカ)





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by mahorou | 2012-07-18 00:31 | 2011年のつぶやき | Trackback

昨日はリハビリのお留守番をありがとうございました。
ひっさしぶりのこの感情(昨日)・・・
情けないでもなく、悔しいでも悲しいでもない感情。
それはいらいらする気持ち。



リハビリで、イライラした。
これって昔のリハビリではあった。
だけど、今は穏やかな気持ちだったはず。
なぜ人はいらつくのか、ちょっと分かった気がする。



ボールの上に足を置き、静止させるもの。
これが、こんなバカみたいなことができず、
ボールは転げまくる。
「まほさんもういいよ」と先生は言ってくれない。
イライラ感が募る。
イメージは楽勝なのに出来ないいらだち、
そうして、さらに「もういいです」と言ってもらえないいらだち。


終わったときに、
どんな感じか聞かれたので「いらいらします」と言った。
いらいら感と・・足元をみているので首がこって、いらいら感増幅。
脳の指令は足に伝わったけれど、
足の筋肉が鈍くって、そうはさせない現象。


人は思いどうりに行かないとイライラし、
それが積み重なると、情けなさに自分を責め出すという公式。
やはり、イライラするのはこころによくないようですね。



(3時間後のまほの気持ち)


本当に人間って面白い。
わかった。
まほがイライラしたのは・・・
たぶん、これ。


リハビリができないのは慣れっこ。
だけど今日イライラしたのは、
先生が「もういい」と言ってくれなかったこと。


まるっとガキで恥ずかしいのだけど、
いつもなら、出来ないさまを見て、
タイミング良く終わらせてくれた先生。
でも今日はまほのイライラが沸騰しても
ストップをかけてもらえなかったために、
イライラ感がピークに達し、
こころに残ってしまった。


そこでわかった。
人はつらい時、いいタイミングで悲しみを受け止め、
うんうん・・・と聞いてくれる人が必要だと。



すぐに受け止めてくれる人は、
自分の心のアネキ分だと思う。
まほっちをすぐ受け止められるのは、
アネキ分のまほだと思う。
まほって本当にいい奴だと思う。
自分の味方はやはり自分ですよぅ。



☆-----------☆

ご返事はすぐできませんが、よければ感想をください。
人さまのお気持ちも知りたいまほです。
今日も佳き日で。
明日は内科なのでレポートをゆっくり書きますね。
お読みくださってありがとう。

今日がお誕生日の方、おめでとうござます。





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by mahorou | 2011-12-21 09:03 | 2011年のつぶやき | Trackback | Comments(16)

わたしは入院中の2002年は、
人生で一番頑張れた時期だと思います。
いえ、そのとき以外にも、
本当はもっとがんばっていたはずですが、
がんばっているのに、つらい・・・
そんなときがありました。


がんばって、がんばっているのに、
結果は出ず「つらい」というのは、
なぜなんだろうと、自分の体験を振り返り、
こういうことかなと思ったことを書いてみますね。


それは、たぶん、「がんばる方向」が
違っていたんじゃないかと、
50代のまほには思えるのです。



「がんばる方向」ってなんやと
いう声が聞こえます。
説明してみますね。
たとえば、風邪(腹痛もある)なのに、
胃腸薬を飲んでいては、
咳やのどの痛みは消えず、
風邪が完治しないようなものです。


つまり、風邪にあたるものが、
じぶんの心なんです。
心にぴったり効くお薬じゃないと、
こころの痛みは消えないのです。


そう考えますと、
がんばって、がんばっているのに、
つらかったことが、証明できます。


まほはこころの要求と違うことを、
がんばっていたんです。



歩けるように、元気を出して、
がんばらなければならない。
この、○○しなければならない、
mustという感情が、
まほのこころを苦しめていました。
ですから、リハビリをがんばっても、
腰すら上がらない、
車いすに数分しか座っておられないと
いう事実は、まほのこころに
「駄目な奴」「辛抱が足らない奴」という
レッテルを貼り、リハビリ自体を
苦痛なものにしました。
当然、リハビリも楽しくありません。
ただのノルマですからね。


そこで、こんなことでは、
退院の望みの綱であるリハビリ自体が
嫌いになってしまう・・・
そう思ったんです。
結果なんて、いいじゃないか。
自分がリハビリを楽しむことが先決。
リハビリを嫌いになったらだめだと思いました。


わたしは言われたことができないと、
先生に詰め寄って、出来ない理由を探していました。
いまなら、こんなことをすればするほど、
自分を落ち込ませるって、わかります。
自分が掘った落とし穴に、
まんまと落ちる方向でした。


いくら、原因を探っても、
できないことはできないんだ・・・
そういう風に「がんばる方向」をかえたんです。
そうしたら、自分のこころのつらさ・痛みが
消えていったんです。


結果を気にせず、リハビリが楽しめたんです。
調子よくできたときは大いに喜び、
調子が悪い日でも、明日またがんばろうと
思えたんです。


たぶん、自分のきもちに逆らって、
○○しなければという気持ちを持たず、
結果より、過程を重んじたことが
よかったと思うんですね。


○○しなければを○○したいに
かえた事が大きいと思います。
つまり、mustからwantにしたんです。


川の流れに逆らわず、
志(しあわせに生きる)だけは持って、
流されてみたんです。
そうして、気づけたんです。
人間のこころが苦しいのは、
こころに思っている自分の気持ちを
否定していたときだと。
自分のこころを肯定すれば、
心が喜ぶのだということを。
ありのままを認められない、
受け入れない心が、
自分をつらく、
しあわせから遠ざけていたということを。


しあわせになる「つぼ」は
自分の感じている気持ちに逆らわないことだと、
まほは思いましたよ。



 


終了した「(新)今日もきらめいて」ブログの過去記事の再掲。
今日も佳き日で。
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by mahorou | 2011-12-08 00:00 | 2011年のつぶやき | Trackback

覚悟っているんです

わたしたちは正しい情報がなくて、
不安でたまりませんと言います。
不安の反対語は安心です。



ではどうしたら、あなたのこころは安心しますか?
また、どうすれば
絶望を希望にかえられると思いますか?



正しいこと、正しくないという
判断はつくのでしょうか?
算数のテストのように
1+1は2以外は間違いでしょうか?



自分が信じられることを信じ、
安心に代える人が大多数ですね。




われわれは生きている限り、
いつかは必ず死にます。
けれど20歳なら
あと60年いのちはあるだろうと自分が信じ、
希望を持ちますね。
たとえ、明日いのちがなくなるかもしれないとは
思いませんよね。



そういう意味で、
正しく知りたいと思うなら、
知ったことで自分の心は安らぎに変わると言う
「覚悟」がなきゃ、不安を増やすだけに
終わると知っておくべきです。



どんな情報でも、
賢い危機感で、復興に全面的に協力すると言う覚悟、
それがあってこそ、無念にも旅立たれた人の、
供養にもなるんです。



まほは犠牲になった方のためにも、
生きている限り、
未来によりよい地球を残したい。
生まれた時より、いい地球を残せるように、
かなづちは持てないけれど、
自分のこころに揺れない柱を建てたい。
その一歩はまほ自身がしあわせに生きること。。。




楽観はいけませんが、
悲観はもっといけません。
僕たちが死んだあとでも、
世の中はずっと続いていくでしょう?
世界は簡単には終わらないんです。
なら、無様でも前向きに笑って
生きてたほうがいいですね。
(京極夏彦全小説ガイドブック、京極夏彦)






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by mahorou | 2011-11-28 12:35 | 2011年のつぶやき

あかんぼうは
おっぱい飲んでお腹がふくれりゃ、機嫌よく眠るんです。
あかんぼうは、お腹がすけば泣くんです。
あかんぼうは、おむつが汚れたら泣くんです。
あかんぼうは、満足したら、笑うんです。
ことばがないから、周囲への「ありがとう」は笑顔なんです。



大人は言葉も使えるし、知恵もある。
なのにやさしくない人が多い。



強くなれ、がんばれ、人に迷惑かけるな・・・って育ってきたから、
それと反対の人は、生きにくい世の中になっちゃった。



なにもできず、あかんぼうだった時の方が、
しあわせで、いい世の中だったと思っている人いっぱい、いそうだ。



弱くてもいい。
がんばらなくてもいい。
人に迷惑かけてもいい。
・・・と思っている「まほんち」に遊びにおいでよぅ。


いまがつらい人へ。。。



人生において
一度もつまずかない人間
というのはいない。

大きくつまずく場合もあれば、
小さくつまずくときもある。
つまずきの数だけ人間は
大人になれるし、やさしくもなれる。

(正直者はバカを見るな!、弘兼憲史)




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by mahorou | 2011-11-28 09:21 | 2011年のつぶやき | Trackback

みなさん、おはようございます。
昨日はお留守番をありがとうございました。
血液検査(特にヘモグロビン・エイワンシー:5.1)の結果も良好で、
今日は新たな気持ちで56歳の誕生日を迎えられます。
出会えた方9人と同じ誕生日。
あなた様も佳き日をお迎えくださいね。
みなさんの応援のおかげ様です。



私は、楽観的になれば成功する
という考えには否定的で、
むしろ、
幸せに人生を成功していく人は、
何事がおこっても
ハッピーエンドストーリーに
こじつける想像力が豊かである、
と言い換えたい。
(奥田弘美)



「今だからできること」


今週も仲良くしてくださって、ありがとうございました。
また来週もよろしくです。
みなさんも佳き週末を。




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by mahorou | 2011-11-25 00:00 | 2011年のつぶやき | Trackback | Comments(16)

みなさん、おはようございます。
昨日はリハビリのお留守番をありがとうございました。
今日がお誕生日の方、おめでとうございます。
どうぞ、素敵な一日を。
(明日は朝一で緊張の内科受診です)



今日は勤労感謝の日です。
みなさん、いつもお仕事ありがとうございます。
そうして、まほっちもリハビリのしごと、がんばっているね。
でも難しそうな先生の指示に「そんな~」という顔をするなと、
アネキ分のまほが言う。
確か外科の上の先生にも言われた。
「まほさんがもうちょっと待ってと言うから
若い先生は決断をちゅうちょする」と。
10年前はむっとした言葉だったけれど、
それは言えているなあと思うこのごろ。
「言っていい人、悪い人、言っていいこと、悪いこと」
こころしようと思います。




わたしがこの先
どうすれば生きていけるのか、
誰にもわからないというのなら、
わたしがなんとか
方法を見つけるしかない。
道がないなら、
道をつくるしかない。
(困ってるひと、大野 更紗)



もしあなたが明日を生きるなら、
あさってのことは考えないこと。
明日のことだけを考えていたら
あさっては何とか来ます。
そうやって一日一日を生きていく。
そして困った時は「助けて」と
知らない人にでも言うこと。
人間はギブ・アンド・テーク。
助けた人もそれが自分の自信になるし、
自分が助けられる時は助けたらいい。
(asahiサイト「どらく」、綾戸智恵)







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by mahorou | 2011-11-23 08:28 | 2011年のつぶやき | Trackback | Comments(1)

本音でしゃべってとか、
美化しないでとか言われる。
まほは本音でつぶやいている・・・。
そう受け取ってもらえないのでしょうか?


あなたとの溝は
そこから始まるんでしょか。
いつかまとめてみたい。
自分の気持ちを言葉に載せて伝えたい。。。



今日あったいやなことは、
とりあえずみんななかったことにしよう。
(キッチン、よしもとばなな)





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by mahorou | 2011-11-21 17:14 | 2011年のつぶやき | Trackback

みなさん、こんにちは。
元気です。
やはり寒さに弱い指ですので、
少しずつ下書きし、更新しますね。


病気ブログのみ、つぶやき(ほとんどコピー)ですが、
よろしかったら読んでください。(コチラ)



冗談じゃない、
一番安価に変えられるのは、
自分なんですよ。
それには一文もいらないんだから。
(脳あるヒト 心ある人、角田光代+養老孟司)


持ってるとか持ってないとか、
持ち物検査じゃないんだから。
持ち物検査でもないし、
一等とビリを決めるかけっこを
してるわけでもないんだよ、私たち。
(薄闇シルエット、角田光代)

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by mahorou | 2011-11-21 11:23 | 2011年のつぶやき | Trackback