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カテゴリ:まほへの質問

  • どう生きたいのか?(5/24記事再掲)
    [ 2010-07-16 00:00 ]
  • 自分らしい人生って・・・
    [ 2010-06-19 13:22 ]
  • どう生きたいのか?
    [ 2010-05-24 00:00 ]
  • 「ありがとう」を伝えたい人はいらっしゃいますか?
    [ 2010-05-22 08:21 ]
  • ちょっとつぶやいてみました(4/12掲示板転載)
    [ 2010-04-13 00:00 ]
  • 元気がなくなったら…
    [ 2010-02-20 09:38 ]
  • 人さまのお心に添いたい…
    [ 2010-02-19 13:00 ]
  • 考える&悩む&愚痴る--について思うこと
    [ 2010-01-25 13:28 ]
  • ネームカードを記入してみました
    [ 2009-09-19 08:09 ]
  • ご質問にお答えしますね
    [ 2009-09-12 09:29 ]
追記:まるごとの自分を生きる かめおかゆみこさんの記事


まほはどう生きたいのか?
これは入院中から変わらない答え。
今はこれしかない。

「しあわせに生きたい」

じゃあ、どうすれば、しあわせになれるのか?

しあわせと思える道を行くこと。
つまり、自分を大事にすること。
自分の心を傷つけたら、
しあわせに生きるのは難しい。
自分を大事に愛したら、
まほの周囲の人を
しあわせにする可能性は大。

己を愛せなくては、
他人を愛することはできないと、
「もうどうでもいい」と思った
入院時代から学んだ。

わたしは、ブログ記事を書いていて、
まほをほめていいと
思えることがひとつだけあります。

文章はまとまっていないけれど、
人を不快にしたり、
傷つける記事を書いていないこと。

傷つけられ、人さまを傷つけまいと
誓いました。
自分が病気になり、苦しいことも
体験しました。
だから、そのおかげで、
苦しい人の気持ちを、
考えられます。

傷つくことも、
苦しむこともない人生だったら、
こんなにも感謝・感動できる
人生が送れるでしょうか。

わたしは、こうやって、
ブログ記事を書きながら、
「まほ」という自分の味方を
育ててきたんだなあと思います。

将来、家族と別れる時が
来るかもしれません。
励まし、助けてくれる人が
いなくなった時、
泣いてばかりの人生に
したくありません。

「まほ」なら、
わたしが生きてさえいれば、
いつも一緒で、励まし、
応援してくれます。
わたしを置き去りにすることは
絶対ありません。
だから、「まほ」を大事にします。
わたしが「まほ」を大事にすれば、
周囲の人をみんなしあわせに
できるんです。

車いすでも、
お金持ちでなくっても、
周囲のみなさんの心を
満たすことができるんです。

そんな風に思える「まほ」、
かっこいいと思います。(わらい)
①したくても、出来ない者
②出来るけれど、したくない者
③誠実だけど、能力がない者
④能力はあるけれど、不誠実な者

上記はできない理由を書き出してみました。
まほは①と③であると思いました。

③の誠実であるかどうかは、
みなさんが思う「まほ」像になると思います。
自分自身に対しては誠実でいます。

わたしは、できないことを嘆き悲しむ人生は嫌です。
それ以上に自分に対して、不誠実であるならば、
人さまに対して誠実になれるわけがありません。

だから、まほは自分にできることを、
自他ともに誠実である人生にしたいと思います。
それを貫き通せたら、まほは人生に「はなまる」をあげられます。。。


まほの想い 枯れない花

まほはどう生きたいのか?
これは入院中から変わらない答え。
今はこれしかない。

「しあわせに生きたい」

じゃあ、どうすれば、しあわせになれるのか?

しあわせと思える道を行くこと。
つまり、自分を大事にすること。
自分の心を傷つけたら、
しあわせに生きるのは難しい。
自分を大事に愛したら、
まほの周囲の人を
しあわせにする可能性は大。

己を愛せなくては、
他人を愛することはできないと、
「もうどうでもいい」と思った
入院時代から学んだ。

わたしは、ブログ記事を書いていて、
まほをほめていいと
思えることがひとつだけあります。

文章はまとまっていないけれど、
人を不快にしたり、
傷つける記事を書いていないこと。

傷つけられ、人さまを傷つけまいと
誓いました。
自分が病気になり、苦しいことも
体験しました。
だから、そのおかげで、
苦しい人の気持ちを、
考えられます。

傷つくことも、
苦しむこともない人生だったら、
こんなにも感謝・感動できる
人生が送れるでしょうか。

わたしは、こうやって、
ブログ記事を書きながら、
「まほ」という自分の味方を
育ててきたんだなあと思います。

将来、家族と別れる時が
来るかもしれません。
励まし、助けてくれる人が
いなくなった時、
泣いてばかりの人生に
したくありません。

「まほ」なら、
わたしが生きてさえいれば、
いつも一緒で、励まし、
応援してくれます。
わたしを置き去りにすることは
絶対ありません。
だから、「まほ」を大事にします。
わたしが「まほ」を大事にすれば、
周囲の人をみんなしあわせに
できるんです。

車いすでも、
お金持ちでなくっても、
周囲のみなさんの心を
満たすことができるんです。

そんな風に思える「まほ」、
かっこいいと思います。(わらい)





今日は5月22日、土曜日です。
お天気は晴れ、今日も暑くなりそうです。

今日がお誕生日の方、
おめでとうございます。
素敵な日をお過ごしくださいね。

今日は読者さんのお言葉に
ご返事させていただきますね。

>まほさんのまめさには驚きます

とんでもないです。
だれもがイヤなことはしませんよね。
まほは、みなさんのように
家事や仕事がありませんから、
自分の好きなことをしているわけです。
みなさんがお料理やお洗濯を
楽しんでご家族のためにされるように、
ほんの一部分を、
まほはやっているにすぎませんからね。

仮に、みなさんが10個の仕事を
されるのに対し、
まほはブログ1個を
大事に使える時間を
与えられたんです。

神さまは、まほをこの世に
とどめておいてくれただけではなく、
まほの楽しみをちゃんと
作ってくれたわけですよ。
人をうらやまずに済むように、
泣いてばかりいなくてもいいように、
まほの居場所(適材適所)を残しておいて
くださったんですよ。

忙しくてお料理する時間がない人のために、
お惣菜やお弁当が売っていますね。
そんな風に、世の中うまく回っていると
思うんですよ。
助けてくれるものがあるんですよ。

「あなたが生きている・存在している」だけで、
周囲の人をしあわせにしているんです。

「わたしなんて」という
若い人もみえますね。
でもね、わたしはあなたが
この世にいることで、
周囲の人を悲しませていないと
思うんですよ。
迷惑掛けてばっかりだから、
そんなきれいごと言わないで・・・
とおっしゃるかもしれません。

でもね、あなたがいなくなって、
涙を流さない人などいないんですよぅ。
泣いていても、怒っていても、
あなたがこの世にいてくれる・・・
そのこと自体が尊くて、
同じ時間を生きられるって
素敵じゃないですかぁ。

わたしはね。
自分(50代のまほ)が
感じていることしか
書けないんですが、それでも、
自信を持って言えることは、
つらいことが永遠に続くものではない
ということなんです。

もし、まほが43歳で旅立っていたら、
みなさんに、こんなお話は
できませんでした。
病気をするまでは超健康体で、
したいと思うこと、
ほとんど努力もせずに
できましたからね。

10年たって思うのは、
車いすの、耳もほとんど聴こえない
障害者になったけれど、
昔より、ずっと「しあわせ」
ということなんです。

これは負け惜しみでも
なんでもありません。
しあわせのものさしが、
変わったんです。

人に褒めてもらおうとか、
認めてほしいとか、
さらさらないんです。
たっぷり、いつも自分を
ほめていますからね。(自己愛)
わたしが出会えた人に、
どれだけ「ありがとう」が言える
人生を贈れるか…
それが楽しみなんです。

「ありがとう」を言える人・言えることの
多い人生を願っているんですよ。

あなたには「ありがとう」を
伝えたい人がいますか?
そんな人がいらっしゃるなら、
その人を悲しませないでくださいね。
まほからのたったひとつのお願いです。

お休みの方は、ごゆっくり。
お仕事の方は、お気をつけて。
ありがとうございます。

最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。




姉さんブログ
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>本当は自然に
>助け合っていければ
>一番いいのかもしれないけど、
>自然にってむずかしいものね。
>(お引越し、ひこ・田中)


これを見て、まほはつぶやいてみたくなりました。
口を大きくあけて、のどちんこ(※)をあなたに見せるように、
まほの「こころ」を見せたくなりました。

わたしは人にやさしくしなきゃあとか、
親切にしなきゃあとか・・・
強く意識して生きているんじゃないんですね。

そりゃ、人にやさしくできたら素晴らしいですが、
素晴らしい人と思われようとしているんじゃないんですね。

極論すると、人さまがどう思おうが、
わたしはわたしと言うのがあるのです。
なぜなら、人さまの批判を苦にしていたら、
生きていくことが苦痛になるからです。

そうすると、わたしは自信がなくなり、
泣いてばかりの暗い自分になると知っているからです。
それは入院時代の過去の自分と重なるんです。

わたしはね。わたしはね。
自分にやさしく、親切にしようと思ったんです。
人にやさしくしなくても、
自分に対して、やさしくしていたら、
人さまにもやさしくなれるんです。絶対に。

人を愛する…難しく考えなくていいんです。
自分を好きでなくてもいいんです。
こんなにもつらくても、生きている自分を
嫌いにはなれない・・・
この思いがあれば充分なんです。

まほは自分を嫌いになれません。
だって、まほが自分を見捨てたら、
かわいそうじゃないですかぁ?
だれが味方になってくれるんですか?
まほが自分を愛せないなら、
人さまに愛されるわけがないでしょう?

みんながご自分にやさしくできたら、
きっと素晴らしい世の中になります。
人にやさしくするなら、
ご自分にもっとやさしくしてくださいませんか?



※下品ですが、表現が見当たらず…。
子ども向けの説明には「口蓋垂」とありました
転載元 こちらをクリック



落ち込んだ経験がないという大人はいないでしょうね。

人間はみな弱いんです。
人間はみな怠けものなんです。二人の怠け者
人間はみな不完全なんです。

だから強くなりたいと願い、
がんばって生きようとするんじゃないでしょうか?

落ち込むというのは、
ちゃんと未来を考えているから起こるんです。
何にも考えない人は、
落ち込むことなどないんですね。

じゃあ、みなさんは元気になるために、何をしますか?
元気が出たとき、どうやったか思いだしたりしませんか?
気分転換に思い出の場所へ出かけてみたりされませんか?

まほのブログもそんな風にありたいと思っているんですよ。
…と言いますのは、元気であれば、貴重なお時間を使って、
まほのブログを覗くことなどないんです。
そのお時間をあなたのしあわせのために使ってください。

元気がなくなったら、
思い出してお越しくださればうれしいです。
そんな意味で、1ヶ月に一度、
あるいは1年に一度、
ご自分の誕生日にでもお越しくださいな。

みなさんのおしあわせが、
まほのしあわせですからね。

わたしは自分の心を言葉にすることで、
自分の心の声を聴くことができています。
誰もが幸せに生きる…これしかありませんから。

先に生まれたものとして、
病気を体験し、生きられるありがたさを知ったまほが
みなさんのお心に、希望のともしびを灯せたら、
しあわせです。。。



--------------------------
人から受けた不正を
いつまでも思い続けることは
常に有害であり、そのうえ、
たいていは無益でもある。

そういう考えを急いで払いのけて、
そのために、
元気を失わないようにするのが、
一番よいことである。

(カール・ヒルティ)


幸福と不幸が別々のものでなく
対で生まれるように
本当の自分をつくると
うその自分が出来上がる

本当とかうそとか気にしないと
まるごとただの自分が
ここにいることに気づく

(ブッタとシッタカブッタ、小泉吉宏)



「自分は不幸だ」
と思ったときから、
不幸は始まります。

けれど、不幸なことも
いつまでも続くことはありません。
やがて好転するということを信じて、
明るく生きてください。

(瀬戸内寂聴)




いいかい?
口惜しくて
死にたいなんてことは
生きていれば
しょっちゅうあることだ。
だけどそのたんびに
死ぬわけにはいかないんだ。

大切なのは、死ぬほど口惜しいって思いをね、
どんな風にして自分の生きるエネルギーに
変えるかってことだよ。

(アントキノイノチ、さだまさし)


>まほさんはどんな人に対してもその人の身になっていますよね。
>しかも自分の立場もきちんとわかってらして。
>かといって、神様みたいでなく、人間らしい所も見せてくれるし。
>私、そういう方生まれて初めてお会いしました。



やさしく・・・ 022
やさしく・・・ 022 posted by (C)saeko



上記のお言葉、涙が出ます。
ありがたい幸せです。

人の心はたとえ、正論でも救えないことを
病気で知りました。
励ましはありがたいです。
こんなわたしのことを心配してくださるんですからね。
でも、絶望していたわたしには、
「いつかきっと」という言葉は
信じられませんでした。
今なら、その通りだったと思えます。


ですから、「こうだよ」と
人さまには言えないのです。
詩でこう思いますよということは伝えられます。
うんうんと、人さまのお気持ちに
添うことしかできないし、そうすることが、
人さまのお心を軽くすると知ったのです。


病気をし、気づけたこといっぱいあります。
だから、やさしくなれました。
自分を愛することこそ、強さだと思いました。
自分を愛することこそ、やさしさだと思いました。


痛みがわかるのは自分です。
心ある他人はその人の苦しみに寄り添い、
心を軽くできるだけです。
人の命を救うなどというのはできませんが、
お心を一瞬でも軽くできる気がします。


動物とのふれあいも、
愛がなくては成り立ちませんよね。
言葉がないんですから、こちらが「大好き」という
意思表示がなくては、心が通いません。


人間には言葉があります。
けれどその言葉は、
人を励ます場合もありますが、
人を傷つけたりもします。※例えばこんなこと
みんな傷つき・傷つけ、
その結果、相手を思いやる心が育つんでしょうね。


わたしは「目には目を」ということはしません。
それは、命が助かった者として、
してはいけないことだと思っているからです。
わたしはトコトン自分の弱さを知りました。
弱いがゆえに、
人を傷つけて自分を守ろうとしたりします。
悲しいですが、
人間の弱さがそういう形で
出ることも少なくないんですね。


わたしを嫌う人がいても、
私は人さまを嫌う人間にはなりません。
なぜなら、そんなことを言っていると、
しあわせの種をまく場所が狭まります。
あの人もこの人の近くも嫌といって、
場所を狭めたくありませんものね。


ありがとうございました。
またおしゃべりさせてくださいね。




いつか、自分の思いを
まとめたいと思っていました。
まとめる時間も考える時間も、
両方与えていただきました。ありがとうございます。

考える 悩む 愚痴る
この3つですが、好きな順に並べてくださいな。
そうすると、あなたの考えが分かります。

考える>悩む>愚痴る(まほ)

そうですね。
これら3つのことを「経験したことはない」と
おっしゃる大人はいませんね。

誰しも、
悩みすぎたり、
愚痴を言いたくはないはずです。
しかし、本当に、
悩んだり、愚痴ったりすべきじゃないのでしょうか?

わたしは、人間の成長段階において、
とても大切なことと思うのです。
なぜなら、自分自身が悩んだことも、
愚痴ったことも経験がないのなら、
人さまの悩みを聴くことはできないからです。

悩んでいるさなかは、とても辛いです。
そういう気持ちから逃げたくなります。
そうして、無理に明るくふるまえることを考えだします。
落ち込んだ状態から脱出することを試みます。
そうしているうちに、
自分は悩みから逃げたいばかりに、
こんなことを思いついたのだと気付きます。
現実逃避と気付いたら、
さらにさらに自己嫌悪に陥ります。(まほの体験)

どうしようもなくなった自分自身は、
信頼関係がある人に相談します。
(まほの場合は泣きつきます)

そうして、アドバイスをいただき、
それを消化しようと努めます。

頭でわかるだけではだめです。
自分の心が納得しないといけません。
この納得できた感情が「気づき」なんです。

人間は、(自分で)気づかないと、
気持ちよく変われないものです。
気づくためには、
悩む・愚痴るということも必要なんです。

ただし、ひとりで、
悩みを抱え込んだらいけません。
真剣に道を探しているのなら、
周囲の信頼できる人に、
聴いてみてください。
愚痴になるからという心配はいりません。
悩みについての問題提起や質問は、
「愚痴」には入りません。

グチグチ言っているだけのことを
「愚痴る」って呼びますから。。。


「愚痴は言ったらだめですか」のご返事

★質問いただいた人からの感想
まほさん、読みましたよ~。
素晴らしいです。よくまとまってますし、わかりやすいです。
ぱちぱちぱち~。





頭でわかっていることと、
心が受け入れることは
また別問題なんですよね。
頭と心が乖離している。
人間って、厄介なものです。
まったく。
(なによりも大切なこと、あさのあつこ)





-----------------------

☆ルナルナさんより

こんばんはv

私ね・・いつもついつい・・悩む<愚痴る<考える
になっちゃうような気がしてます・・汗
なんだかごちゃごちゃ悩みだして・・
そのことを何も考えずにまず人に愚痴ってる・・・
それからこれじゃいけないなって考える・・・
愚痴なんて聞いた人はきっと面白くない><
いつも同じようなこと零してきっと聞いてる人は楽しくない><
なんて反省しながらやっぱり零して・・・^^;
進歩ないなぁ・・自分・・とかまたまた反省してまた繰り返す・・汗

だからせめて・・私に話しを聞いてって言ってきてくれるお友達や親の愚痴は
何度同じことを繰り返そうと聞こうと思ってます^^
だってやっぱり一人で抱えるなんて心が壊れかねないですものね。
それに・・まほさんが仰る「気づき」。
この大事なことって
やっぱり誰かに零してそこでもらう言葉とかから知ったりするんですよね^^

私の愚痴を聞いてくれて・・さらには言葉をくれる周囲のみんなに
感謝の気持ちがまんまるに膨らんでいます^^
そう思えるきっかけをくださる・・・いつもありがとうございます、まほさん^^



☆まほよりルナルナさんへ

ご返事ありがとうございます。

うんうん、ルナルナさんがおっしゃること、よくわかります。
私も以前、「いえば愚痴になるから」(みつをさんのことば)と
自分を戒めたことがあります。
けれど、後になって考えますと、誰にでも愚痴るのは考えものですが、
そういう悩みに関する質問を、気持ちよくきいてくださる人には、
どんどん聞いてみてもいいじゃないかと思いました。

「聞いてくれる人のおかげで ぐちもこぼせる」(みつをさんのことば)
のとおり、ありがたいなあと感謝しました。

愚痴をこぼさず、じっとひとりで悩み続けることが、
我慢強い人とは思いません。

それよりも、自分の弱さをさらけ出し、
また、聞いてくださる人がいるというのは素敵であり、
双方の人間的成長に欠かせない、宝だとも思います。

苦がないほうがいいでしょうが、
…でも苦から学ぶことはたくさんありますよね。
それと同様、悩むことで、「気づく」ことも多いです。

わたしは、この「気づき」が
人生で大切じゃなかろうかと思うのです。
人さまの痛みにも、普段の気づきがあることにより、
鈍感にならずに済む気がいたします。

だから、大いに悩んでも…いいじゃないかって
思うこのごろです。

こちらこそ、お考えをお聞きし、ありがたかったです。



☆たびたまさんより

> なぜなら、自分自身が悩んだことも、
> 愚痴ったことも経験がないのなら、
> 人さまの悩みを聴くことはできないからです。

そうですね、まほさん。
私も若い頃には毎日愚痴っていた時期がありますから、
愚痴ることが非生産的であることを身をもって学びましたし
だからといって愚痴っているときにそれを指摘されたり
正論を言われても、自分自身が主体的に変わらない限りは
役に立たないことも知っています。
「今から愚痴を言うから黙って聴いて」と頼める人がいたら幸せですね。
また黙って聴いてあげられる人でありたいと思います。



☆まほよりたびたまさんへ

こんばんは。ありがとうございます。

>私も若い頃には毎日愚痴っていた時期がありますから、
>愚痴ることが非生産的であることを身をもって学びましたし
>だからといって愚痴っているときにそれを指摘されたり
>正論を言われても、自分自身が主体的に変わらない限りは
>役に立たないことも知っています。

これ、すごくわかります。
正論じゃ、人様の心は救えませんね。
自分が大病し、救われたのは、正論じゃなく、やさしい言葉でした。

だから、悩んでいる人に、正しいからと自分の考えを押し付けることはやめて、
ご本人の気づきを待つ…これが大切だと、自分も苦しむ中で学びました。

わたしは本当にたくさんの方から「愛」をいただいてきました。
だから、うんうんとただ聴くことをさせていただこうと思います。

これからもよろしくお願いします。



トップページの右横に、
ピンクのネームカードを記入しました。
先入観なく詩を読んでいただきたかったので、
自分のことを書かずにおりました。
みなさんの夢は壊したくないですし…ね。
自分でできることは少ないですが、
みなさんに夢を与えたい「まほ」です。

でも、読者さんは、リハビリや車いすという言葉から、
体が不自由だろうと想像いただけていると思います。

ネームカードをクリックしていただきますと、
ちょっとだけ、「まほ」を想像願えます。
みなさんがしあわせなお気持ちになられるなら…ありがたいです。

最新エントリーでは、まほのブログがリンクしてあります。
このブログのほかに「今日もきらめいて」と
病気ブログの「病気を乗り越えて(私の奇跡)」があります。


キーワードは「まほ」が登録しているもので、
他の方のブログ記事もご覧いただけます。


「まほ」からのお知らせでした。ありがとうございました。


追記
ハンドルネームのmahorouはmahoがすでに使われていたため、
性別が不明のような感じですが・・・。
「まほ」プラス「イチロー」の合作です。「まほ」と呼んでくださいね。










★ネームカードをクリックすると・・・
1999年大病、奇跡的に生還しました。後遺症で手足の筋肉をなくし、車いすで、リハビリ10年目。2年半の入院を経て退院。家事は一切できず、家族や周囲の人に助けてもらっています。耳がほとんど聞こえませんが、パソコンと車いすがあれば「水を得た魚」状態。今の自分にできることを楽しんでいます。好きな言葉は「ありがとう」。生きられることに感謝の毎日です。やさしい言葉で、みなさんを応援させて下さい。それが私にできる「恩送り」です。いまのリハビリ目標は累計で115キロ(立てないので歩行器使用)歩くことです。やっと1年過ぎて50キロまでいきました。あと1年半です。楽しんでチャレンジしています。まほ


ブログでは文章から想像していただくだけなので、まほの素顔に迫ります。
決して強い人間ではないですし、むしろ弱くていいと思えるこの頃です。
出来ないことはだめじゃなくて、周囲の隠れた能力を引き出す、
「魅力」に変えられるんです。



>いつもお優しいまほさんですが、
>まほさんも弱み少しは見せてくださいね。
>そういえばまほさんの弱みって見た事ないなって
>ふと思いました。


まほよりお答えします

弱み…いっぱいありますよぅ。
9割以上、自分では何にも出来ず、
車いすに5分と座っておられず…
わたしはいったいどうなるんだろうと不安で…
そういう入院生活で、ブログを始めたのが2005年ですから、
みなさんのおかげで精神的には鍛えてもらいました。

だから、今思うんですね。
苦しかったり、辛かった経験は無駄じゃなかったって。

大事なのは
自分の心に自分が味方してあげることかなって。
出来ないのは事実だけど、
できないことを嘆いての人生は嫌だと思ったんですね。

そんなことより、残されたものを最大限に生かそうと。
そうしたら家族はじめ周囲の人をも、
しあわせにできるんじゃないかって。

人がどう思おうが、自分の一回きりの人生。
そうしたら自分の心が喜ぶことをしたいって。

怒るときには怒り、泣きたい時には泣く…
そんな自分の心を愛そうって思ったら、
自分の心に正直だったら、生きやすいかなあ。
・・・なんて50代のまほの心境ですわ。

歳を重ねなければ、こういう心境にはなれなかった。
だから生きられることがありがたい。
過去を悔やんでも「覆水盆に返らず」ですもん。
そういう意味でも切りかえが早くなりました。

歳を重ねるごとに、心は鍛えられるし、
つらい体験を乗り越えた人は生きるパワーが
自然と与えられる気がします。。。



昔作ったバトンによる自己紹介  こちらをクリック