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今日は6月30日、水曜日です。
お天気は晴れ。
まほ地方は35度の予報です。
熱中症にならないように注意いたします。
体力がないので、気を引き締めますね。

今日がお誕生日の方、
おめでとうございます。
6月最後の日。
それも30日の「3」は
無限大の「8」の半分。
その半分を埋められるのは、
あなたの意欲かもしれません。

今日は「紙一重」について、つぶやいてみます。
いつも朝思ったテーマですが、
さっき行ったトイレで、ひらめいたことを
書いてみますね。
お付き合いくださいな。

わたしたち人間は、
悪意があってすることは、
たぶんないんですね。
ただ、その行為が善意と受け取ってもらえず、
相手のこころを不快にしている場合が
あると思うんですね。

それは、経験や知識に基づいて、
繊細におこなっていることであっても、
受け取る相手も、
自分の経験や知識の中で感じるため、
こころがすれ違ってしまうことがあります。

誤解が生じ、誤解を解くために言う言葉も、
むなしい結果に終わることも少なくないですよね。

これは歳を重ねるほど、
多く経験されることだと思うんです。
人との交流が増えるからです。
当然衝突が増えます。
特に女性は男性に比べ、
弁が立ちますから、(口だけは達者と言われています)
わかってもらうために、
必死でしゃべります。

余談ですが、
若い頃・・・と言っても病気する前ですから、
40歳ごろですね。
後輩に説明していると、
ついつい熱が入るんです。

それを見ていた若い男性が、
「まほさんに怒られているのかと思ったよ」と
まじめな顔で言われたことがあります。
後輩女性(20代)は「被害者」で、
まほが「加害者」にみえたようです。(苦笑)


横道にそれました。元に戻しますね。
親切とおせっかい。
ありがたい想いと迷惑な想い。
これらはどちらも紙一重なんです。

なんでも度を超すとだめなんです。
親切も度を越せば、おせっかい。
ありがたいことも度を越せば、
ありがた迷惑という言葉があるように、
迷惑になるんです。

しかし、人間って優しいですからね。
おせっかいはやめてとか、
ありがた迷惑よ・・・と
はっきり言う人は少ないでしょう。

だからこそ、注意したいのは、
自分の思いが相手に押し付けになっていないか、
考えることが大事になってきます。

お若い方はできなくて構いません。
あたまの片隅に入れておくだけで、ずいぶん違うはずです。
50代にもなれば、自然と気付きます。

だって、足し算も出来ない子どもに、
掛け算を教えませんよね。
その年齢のこころの成長ってあるんです。
10代の人が50代のまほと
考えていることが同じだったら、怖いです。
まほが80・90代の人の
きもちになれないようなものです。

あなたの周囲の人生の先輩を頼ってくださいね。
辿ってきた道ですから、
きっといいアドバイスがもらえますよ。

まほが「紙一重」で伝えたかったのは、
境界線を越えたときって、
まほの経験から行くと、
相手のためが自分のために、
すり替わってしまっていて、
相手のきもちより、自分のきもちに
重点がいっていたときのような気がします。

相手のきもち対自分のきもちは
6対4がいいかもしれませんね。。。

今日も最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。



人の顔色に関係なく、
プライドを持って伝えたいことを
伝えれば良いと思う。
魂の樹は何時か考えられないほど
素晴らしい果実を人の心に生み出すだろう。
(もう愛の唄なんて詠えない、さだまさし)







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by mahorou | 2010-06-30 09:17 | 2010年のつぶやき

悲しみの比較は

「悲しみの比較は」

「ワタシだって
我慢しているのよ
そんな不満は
言うべきではないワ」

これって
おかしいと思わない?
こういう決めつけ方
ひどくない?

みんなそれぞれに
感じ方は違うよね
ひとりひとり
顔が違うように

悲しんでいる人に
我慢せよと
言うべきではないんじゃない?

それよりも
悲しみが
小さくなるような
言葉かけができるたら
すてきじゃない?

なぜなら
悲しんでいる人に
悲しむなと
いうのは
おなかがすいている人に
食べるなというのと
おんなじようなものだから

ワタシは
アナタにはなれない
けれども
99.99999…パーセント
近づきたいという
人間もいるんだと
信じてほしい

歳月は
漢方薬のようなもの

じっとじっと
アナタが
元気になるまで
待っているわ

ずっとずっと
アナタが
元気になるよう
祈っているわ

2008.04.02






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by mahorou | 2010-06-30 00:01 | 再掲詩

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6月生まれのみなさん、お誕生日おめでとう。

2・3・4・5・6・7・8・9・10・11
12・13・14・16・18・20・21
22・23・24・25・26・27・28・30


カレンダーを出逢えたみなさんの誕生日で埋める夢に挑戦中。
非公開コメントで教えていいよと言う人はご連絡を。
6月は上記以外は埋まっておりません。

9日・23日が追加になりました。(2010.07.02) 
5日追加になりました。(2010.08.09)
2日追加になりました。(2010.08.25)
ご協力いただき感謝です。







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by mahorou | 2010-06-30 00:00 | ゆめ・お誕生日リスト | Comments(6)

リハビリから帰ってきましした。
庭のアガパンサスの花が咲き始めていて、
病院では花瓶に挿してありました。
色が涼しげです。

今日のリハビリは
歩行器で10往復・300メートル。
マシン漕ぎ350回、所要時間7分11秒でした。

3年前は1キロ歩けたので、
今の距離は3分の1なのですが、
自分自身のがんばりは、
以前と比べ物にならないぐらい
我慢できていると思うんです。

他人さまの評価というのは、すべて成績。
学生ならテストの点数となります。
その人のがんばりを見るには、
この成績の数値しかありません。

・・・が、まほには数字にとらわれない、
まほの世界があります。
他人さまには頑張りの中身がわかりませんから、
結果で判断するしかありませんね。

でも、まほは自分のがんばりを良く知っているので、
単なる数字での評価はしません。
だって、そんなことをしたら、
頑張っている「まほ」がかわいそうじゃないですか?

他人さまがどう見ようと、
そう思うんですから勝手です。
もう昔のまほのように
数字に振り回されるのはごめんなんです。
他人さまと一緒になって、「駄目な奴」と
烙印を押して、いいことなど何もありませんでしたから。

ボルトも、ナットと一緒に回ったら閉まりません。
ボルトは動いちゃいけないんです。
まほもボルトのように、自分を信じるという
信念は変えません。。。

みなさん、応援とお留守番を
ありがとうございました。



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by mahorou | 2010-06-29 16:23 | 2010年のつぶやき

今日は6月29日、火曜日です。
お天気は晴れ。
昨日同様、蒸しあっついです。

今日がお誕生日の方は、
いらっしゃいませんが、
29・・・福の日とまほは呼んでいます。
結構、いいことあるんですよぅ。
気づかずにいるだけなんです。
ほらほら、ちゃんと目が覚めて
ご飯を食べたでしょ。

今日は、何をおしゃべりしましょうか?
目に見えるものと見えないものについて、
つぶやきますね。

昨日はほっとできる場所として、
トイレの便座と車いすとお話しましたね。

失敗すると、足を骨折する前に、
足の筋肉が切れると言われているので、
慎重に慎重を重ねているんです。

以前、車いすの移乗に失敗し、床に落ち、
ひとりですから、助けが呼べません。
このパソコンだって、
車いすに乗っているから、打てます。
車いすがなければ、無用の長物。

そんな反省があり、外部との連絡用に、
携帯電話を首からぶら下げているんです。
メールも少しは打てます。
でも、あんなちっちゃなところから
長文なんて無理です。
「助けに来て~」とさえ打てれば、いいんです。

昨日は、車いすに無事座れると便座に向かい、
「ありがとうございました」と礼を言うとかきましたね。
便座に座れば、見えるのは、車いすです。

座る先で、見えるものが違うわけです。
これを、自分のこころに置き換えますと、
見方によって、答えは違うと気付きます。

傲慢にも、自分の言い分は正しいと思っていれば、
相手の意見は耳に入りません。
でも謙虚なこころになったら、
自分のきもちも、相手の意見も
耳に入ってくるような気がいたします。

そうして、トイレで
このことに気付いたんです。
まほは自分で立てないので、車いすはまほの足です。
目に見えるのはまほを助けてくれる『車いす』ですが、
目に見えないものは、車いすを作ってくれた『人』なんです。
生きている人がいたから、出来たものです。

歳月が経ち、車いすを作ってくれた人は、
この世にいなくなる日が来るでしょう。
でも、その人の魂は、ずうっと生き続けますね。
まほが感謝を忘れない限り。

目に見える、パソコン、テレビ、車・・・。
目には見えない、それらを作ってくれた人々の魂。
みんながしあわせに生きるためのもの・・・うつくしいです。

お昼から、リハビリです。
あっついですが、応援してくださる皆さんに
感謝して歩いてきますね。
お留守番をよろしくお願いします。

今日も最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。



人生はゆっくりでもいい。
おだやかに、
本当に大切なものを
知ることができたら、
それでいいのかも。

(雑誌「ダ・ヴィンチ」、重信裕加)








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by mahorou | 2010-06-29 09:17 | 2010年のつぶやき

人の心に寄り添うとは

「人の心に寄り添うとは」

人生には
大きく分けると
二つの時があります

楽しい・うれしい・幸せな時
悲しい・つらい・不幸な時

人はどちらの場合
友を必要とするでしょうか?

ほとんどの人が
後者と答えるでしょう

そうとわかれば
人がつらい時にこそ
寄り添える人間に
なりたいですね

痛みとは
やまいだれに
通じると書きます

病気を通し
学んだことを
伝えていきたい

それが人さまの心に
寄り添える
私でも出来ることかなぁって
思います



2007.08.20


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by mahorou | 2010-06-29 00:00 | 再掲詩


毎日が奇跡であり、
その奇跡を感謝しながら
生きてみればよい。...
奇跡は常に僕の隣を歩いている。



母の日・父の日というのは
親に世辞を言う日ではなく、
自分に与えられた生命を思う日
なのではないかと思う。
辿れば自分に繋がる生命に気付く。
生きると言うことはそれら無数の生命に
感謝しながら自分に与えられた生命を
愛おしみながら大切に生きること。



自分の傷を幾ら蒸し返しても
何の得にもならぬばかりか、
自分の心がねじ曲がってしまう。
欠点ばかりを嘆いても
直らないばかりか酷くなるだろう。
ならば長所を見つけてそれを伸ばせばいい。



国を作るには百年かかる。
何故なら国育てとは、人育て。
今の子供を上手に育て上げ、
その子達がお祖父ちゃんやお祖母ちゃんになる頃、
その孫に本当の意味のよい子が出来る。



子供という生き物は
頭脳は幼いけれども
心まで幼い訳ではない。




転載元 こちら 





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by mahorou | 2010-06-28 13:09 | 心にとめたい言葉

今日は6月28日、月曜日です。
お天気は晴れ。
でも、蒸しあっついです。

今日がお誕生日の方、
おめでとうございます。
28日、「8」が付く佳き日です。
数字を眺めているだけで、
ふたつの「8」、
人生のような気がいたします。
不自由であれば自由になりたくて、
不幸であれば幸せを見つけようと、
涙と一緒に汗も流している、
あなたを見ているようで・・・。

今日はわたしの「ほっ」とする
場所について、書いてみますね。
みなさんも、ほっとできる場所がありますか?

わたしが最も神経を使うのは、トイレです。
車いすで、トイレのドアまで行き、
そこからは、腰をよいしょと上げ、
握っているバーを持って、歩き、
便座の取っ手に手をかけ、方向転換をし、
便座に座ります。

これも、右手の握力が「5」残されたから、
出来る「技」だと、まほは思っているんですよぅ。
だから便座への持ちかえも、
当然左手が先で、右手で支えているわけです。

便座に、無事腰を下ろせると、ほっとするんですね。
まるで山登りで頂上に着いた時のような。(オーバーな)

そうして、扇風機のリモコンのスイッチを入れます。
蒸し暑さがたまらなく不快であることに加え、
まほの緊張により体が汗ばむのです。

なにせ、握力がない手で、ズボンを下げる・・・
これも「くせもの」なんです。
汗でくっついていますからね。
下着の上げ下げにも、余計暑くなるんです。

さて、帰りです。
往きよりも緊張が増します。
首からつりさげてある携帯を確認し
深呼吸し、バーを持ち、腰を上げます。
車いすを目指し、3歩ほど歩き、
車いすの左取っ手へ左手をのせます。
この時も、右手の踏ん張りがカギ、
加えて、両足の踏ん張りも重要です。
そうして、最後に、右手で車いすの取っ手を
うまくつかみ、方向転換し、
無事、車いすに座れるわけです。

もう、ここまで来ると、
ほっとすると同時に、
真正面の便座に向かい
「ありがとうございました」と一礼です。

便座に「ありがとう」だなんてとお思いでしょうね。
健康な時は、用が済めば、
振り返ることなどありませんでした。

便座と向き合うこと・・・
これは、まほ自身と向き合っていると言っても
過言ではありません。

病気直後は、自分の現状から、逃げていました。
後悔しかなく、泣いてばかりでした。

泣いていても、歩けるようにはならない。
後悔しても戻れないと、
現状を受け入れようとした時、
何かが変わり始めました。

その時はわかりませんでした。
病後10年経った今思いますのは、
ありのままを受け入れられたことが、
まほのこころを安らぎのあるものにしてくれたと。

出来なくなった自分はだめな奴じゃないよ。
弱い人間はだめな奴じゃないんだよ。
ありのままの自分と向き合えたんだよ。
良かったねえ、がんばったねえ・・・
そんな声が聴こえた気がします。

なんにも、卑屈になる必要はないし、
自分の一度きりの人生。
自分が楽しいと思える人生にすればいいのだと思いました。
(50代になれたから思える心境です)

不自由だからこそ、自由になりたくて、
こんなにも試行錯誤しながらやってみようと思える、
自分を健気な奴って・・・ちょっぴりうらやましいぞぅ。(わらい)

今日も最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。



自分の傷を幾ら蒸し返しても
何の得にもならぬばかりか、
自分の心がねじ曲がってしまう。
欠点ばかりを嘆いても
直らないばかりか酷くなるだろう。
ならば長所を見つけてそれを伸ばせばいい。
(もう愛の唄なんて詠えない、さだまさし)







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by mahorou | 2010-06-28 09:33 | 2010年のつぶやき

みんなしあわせ

「みんなしあわせ」

苦しんでいる姿を
見てほしい人がいる

わたしが
しあわせに生きられるように
背中を押してほしいから

情けない姿を
見せたくない人がいる

あなたが 
しあわせに生きられるように
心配させたくはないから


悲しんでいる目を
見てほしい人がいる

わたしが
しあわせに生きられるように
励ましてほしいから

うれしそうな目を
見せたい人がいる

あなたが 
しあわせに生きられるように
笑っていてほしいから



2010.06.03



矛盾したような詩ですが、
悲しい目やしんどい姿を
見せたくない人がいます。
それは、わたしの母です。。。






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by mahorou | 2010-06-28 00:00 | 2010年・詩

それぞれの想い

雨が降ってきました。
お天気が崩れましたね。
梅雨だから仕方がないですね~。
雨降りを嫌だと思うか、
雨もいいもんだと、楽しむか・・・ですね。

子どものころは、駅まで傘を持って、
父を迎えによく行ったものでした。
今度の電車で降りてくるか、
待っている時間も楽しかったです。

今じゃ、傘を持って、迎えに行くなんてないですね。
車でお迎えか、ビニール傘を買うか。

こんな風に環境の変化に、我々も順応し、
生きているわけです。

ただ、物事への反応が、
10・20・30・40・50代と違うわけです。

まほぐらいの50代になりますと、
10・20・30代ぐらいの思いより、
ずっと柔軟というか、丸くなるというか・・・
生きやすくなります。


「歳を重ねると」

好きじゃなかったものが
好きになる

歳を重ねるって
そういうことかも?

わからなかった言葉が
理解できるようになり
いままでの
失敗や
傷ついた言葉を
許せるというか・・・・
忘れられるというか・・・
気にしなくなるもんだな

歳を重ねるって
悪くないじゃないか
いいもんじゃないか

ついておいでよぅ
きっと きっと
生きやすいから








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by mahorou | 2010-06-27 16:34 | 2010年のつぶやき