人間というのは、どうして
こんなに勘違いをするのだろう。
何故、間違った捉え方をするのだろう。
何故か、誤解が多い。
誤解をするのは、
理解力が足りないからではない。
理解しようとしていない、
自身の願望によって妨げられている、
ということがよくわかる。ようするに、
自分が解釈したいように認識して
しまうから、見誤り、間違え、そして
馬鹿な考えへと行き着いてしまうのだ。
(常識にとらわれない100の講義、森博嗣)


「わたしって薄情者かな」(18番)

最近テレビやラジオで
悲しいニュースを耳にしては
涙を流している

それなのに それなのに
出された食事 残さず
ペロリと食べてしまう

ねぇ ねぇ 神さま
わたしって 
薄情者なんですか?



言い訳の最たるものは、
「やる気になれない」だろう。
そうですか、あなたはやる気がないと
なにもできないのですか、ときいてみよう。
朝起きたり、トイレにいったり、
歯を磨いたり、顔を洗ったり、ものを食べたり、
そもそも生きていること、呼吸をすること、
すべて、やる気があってしているのだ。
それはそれは大変な「やる気」である。
「気持ちを大切にしたい」というわけのわからない言葉が、
本当に綺麗に綺麗に物事を隠してしまうのだ。
気持ちって何ですか?気持ちを大切にするって、
つまり、どういう意味ですか?
僕にはまったくイメージできない。
(常識にとらわれない100の講義、森博嗣)



最後まで読んでくださって、
あなたの貴重なお時間をいただいて、
ありがとうございました。


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by mahorou | 2016-12-01 12:00 | 歳を重ねると「こうなりやすい」