あしあと帳⑯(2012.12.07~2012.12.21)
新たに⑯を作りました。
各記事のコメント欄を閉じていますが
「ありがとう」の感想なり、「来たぜ」のあいさつに、
ここのコメント欄をお使い下さい。
まほの過去記事も書いていきます。
冬は指が動きにくいので、コピーが多くなります。
2012.12.07 まほ
★コメントの仕方
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後ほどご訪問させていただきます。
まほにだけ読んでほしいと言うコメントの際は、
「非公開コメント」の欄にチェック(レ)を入れてくださるだけで、オッケーです。
ブログを始めた時、コメントって、どうすれば入れられるのか、
それさえわからなくて、みなさんに教えてもらいました。
だから、今度はそれをお返ししたいと思います。
邪険にされたり、
馬鹿にされたぐらいで
減るプライドなら、
ゴミに出しちゃいなさい。
そんなのあっても
役に立たないから。
(ゴーストハント 7 扉を開けて、小野不由美)
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なかなか、難しいことです。
でも、心を軽くするには、それしかないんでしょうね。
言われたくないことばに対して、
「ほっといて」「アンタには言われたくないわ」・・・と思う時ありますよぅ。
どうしても どうしても
言っておきたいことがある
あなたを否定しないよ
否定しているんじゃないよ
あなたを強制的に
納得させるつもりもない
だって だって
たった一度きりの人生だもの
あなたはあなたを生きればいい
私があなたの人生を
生きるんじゃないからね
なにが正しくて
なにが間違いって
じぶんの答えが
年とともに変ることもある
いま納得できなくてもいいんだよ
ちゃんと時期が来たら
あ~そういうことだったのかって
わかるから
私がわかっているのは
たどってきた人生の足跡
これからのことは
人生の先輩に
助けてもらおっと
ただひとつ
生きることを
肯定している
私がいることを
生きることを
応援している
みんながいることを
心に留めておいてほしい
2007.11.23
少数のマイナス意見に振り回されず、
大切な人からの声援をしっかり受け止める。
(仕事で成長し続ける52の法則、和田裕美)
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応援は数じゃない。
自分の大切な方からの応援なら百人力。
出会えた方を大事に思う。
困ったことがあったら、声かけてね。頼みます。
「応援させて」
応援するって
言うのは簡単だけど
実行はむずかしい
そうあなたは言った
だからと言って
わたしは
応援を
やめるわけには
ゆかない
絶望を
味わった
わたしが
乗り越えた
気持ちを
伝えたいの
今しかないの
わたしにしか
できない
エールを
あなたに
贈っておきたい
2009.09.03
あるわけないじゃん、そんなの。
みんなが不幸になる方法ならある。
つまり、今回のことによって
生じる不幸をみんなで
分散して背負うって話さ-
誰の望みも叶わないけれど、
それでもいいんなら、
そういう方法はある。
…
みんなで不幸を背負う。
分担して。小分けして、背負う。
決して、誰か一人に押し付けることなく。
(傷物語、西尾維新)
もうひとつの生活、自分だけの世界を。
おそらくそれが、他人とうまくやっていく
ための秘訣だ。お互いの自由と、
いくらかのプライバシーと、
個人的な世界を認め合うことが。
(スノードーム、アレックス・シアラー)
又、で~す♡寒くなって来ましたね!ご自愛くださいませ♡
とんでもないです。
イイネボタン、こころでおしていたんですよ。
遅くなりごめんなさい。
コメントできずとも、来たぜ・・・のサインになりますもん。
いえいえ、えいこひまわりさんこそ、がんばっていらっしゃる。
私は家事代わりの仕事で、ブログ一生懸命、ゆびが動く限りがんばりますね。
そうして、お互いに元気でクリスマスを迎えましょうね。
また来ます。
いえいえとんでもないです。
はてなブログは終了しましたが、
こちらで落ち着きました。
お世話になった方をご訪問いたしました。
心が重い時にでも覗いてくださいね。
ご縁は繋がっていますから。。。
たいがい多くの人が、同情されたくないわ…
とおっしゃいますよね。
「同情するなら金をくれ」と名台詞もありましたね。
同情って、そんなに嫌われ者でしょうか?
わたしは、この「同情」という感情がなくなったら、
やさしさのない、冷たい世の中になると懸念します。
かわいそうに・・・お気の毒にという気持ちがあって、
その人を励まし、応援していくのじゃないでしょうか。
みなさんが嫌う同情は、応援に代わらない、
「他人の不幸は蜜の味」となる、
偽りの同情じゃないでしょうか。
同情って、ありがたいですよ。
まほの場合、車いすに乗っていますから、
足が不自由だと思ってくださいますし、
ひとりで困っていたら声をかけてくれますしね。
ブログは「詩」だったので、始めたころは、
車いすとか障害者とか、体が不自由という表現は
していませんでした。
単純に詩を読んでいただきたかったからです。
そうして、みなさんとも仲良くしていただく中で、
少しずつ、自分の障害についてお話し始めました。
自分の心の動きを知ってほしいと思ったからです。
ただの同情で終わらさないためにも、
ちゃんとお話ししたかったのです。
そうして、
歳を重ねられる素晴らしさと、
障害は不自由だけれども不幸ではないこと。
あきらめなければ必ず春は来ること、
しあわせは自分の心が決めること。
同情って、
思いやり、やさしさの花が咲く前の、
「たね」です。
そんな風に思ってくださいな。
その気持ちが、自分の心の「壁」(バリア)を
破ると思います。
以前、家族にこんなことを、まほっちはいいました。
都合でリハビリにいけなかったときのことです。
「リハビリの先生、寂しがっているだろうなぁ」
「いやいやホッとしてるかな」
(ひとりごとのような感じ)
これに対し、家族の返事は有りませんでした。
まほっちとしては、返事にちょっとだけ期待、
「寂しがっているやろなぁ」と言ってほしかったかな。
そんな光景に対し、
なるほどねぇ・・・とアネキ分のまほは言う。
同意するのもおかしい。
かといって否定もできない。
そういう時は、聴こえていないふりし、返事をせずにおく。
それが賢いやさしさ・・・かも・・・なんてね。
そうまほにいわれると、まほっちはその気になる。
同意してもらったら、冗談うまいと疑うし、
否定されればすねるだろうし、
当たり障りがないのが「無言」という手かもしれない。
あと、気をつけたいのが、悩んでいる人に、
自分の考えを押し付けないこと。
人というのはですね。
よほどの信頼関係がなくては、他人の意見には動きません。
自分が思った通りに動くのです。
こんばんは。
ご返事遅くなりごめんなさい。
握力が殆どないので寒さに一本入力がたえられず
ぜひお読みくださいませ。ありがたいです。
後ほどお伺いしますね。
はい、風邪に気をつけますね。
スクロールおつかれでしたでしょう。
今度はあしあと帳をよろしくです。
今、16・・・です。
16にコピーしておきますね。
ありがとうです。
急に寒くなりましたね。
とても雪国に住めない体です。
はい、湯たんぽ入れてもらいますね。
自分で出来ないので、頼みごとばかり。
仕方ないけれど、家族に申し訳なく感じる冬です。。。
☆想像は心の中の事実です。
心の中の事実は、ほどなくして
外側の世界の現実になります。
☆他人のもたらす暗示や悪口、障害行為が、
あなたを直接傷つけることは絶対にありません。
もし傷つけられるとしたら、
そのナイフをあなた自身がつかんでしまい、
自らを傷つける場合です。
上記はマーフィーさんの名言ですが、
どちらもうなずける深いお言葉です。
わたしたちは
自分が知っている知識の中で勝手に想像し、
あたかもそれが事実であるかのように思いこみ、
誤解し、「傷つけられた」と怒ります。
けれど、マーフィーさんは、
『そのナイフを自分自身がつかんでしまうから』
とおっしゃっています。
そうなんですね。
他人が非難めいたことを言おうが、
自分自身がその言葉に反応をしなければ、
人さまの言葉がナイフに
変わることなどないのですね。
そんな風に
ちょっと思い方を変えてみますと、
傷ついた…と言うのも、
勝手な思い込みだとも思えてきますよぅ。
人生を楽しんでいる「達人」は、
きっとピンチをチャンスと
思える人かもしれません・・・ね。
♪ からすぅ なぜなくのぅ からすの かってでしょ ♪
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またあした。リハビリ踏ん張ってきましたよ。
ありがとう。
避けねばならない。
何故なら、
無駄ではない戦いに備えるためだ。
自分はそう信じている。
無駄でない戦いもあると思う。
戦わなければ正しさが
証明されないことが、
きっと、いつも、
そしてまたどこにでも、
あるのではないか。
(ブラッド・スクーパ、森博嗣)
正しさか・・・
そればかりに固執しすぎると、苦しくなった。
若い頃は正しいことを言ってなにが悪い・・・だった。
正しさだけを主張することが、良きことだとも思わなくなった。
いいか、悪いかを決めるのは、受け取った相手だから。。。
わたし=あなた・・・ではないんだ。
だから、おせっかいおばさんをやる時、
正しさをおしつけない覚悟はある。
私は「ただしさ」より、
「やさしさ」を伝えていきたい。
わたしがやさしいことばに救われたように。。。
雪国のみなさん、雪かきお疲れ様です。
冬はご家族の仕事が大きく増えますね。
ありがとうございます。
お風呂でゆっくり体を労ってあげてくださいね。
「いってらっしゃい」と送り出した家族に、
「おかえりなさい」といえるありがたさ。
最近、空を見上げる時間が増えました。
どうか、少しでもお心があったかくなりますように。
またあした。
元気でいてください。
「あぶりだし」
アナタの涙で
「つらいんだね」と
書いた
アナタの涙で
「こらえてね」と
書いた
アナタの涙で
「あせらないでね」と
書いた
アナタの涙で
「むりしないでね」と
書いた
アナタの涙で
「応援してるね」と
書いた
そうしたら
そうしたら
「ありがとう」の
文字が
浮かんできた
そんな関係に
ワタシは
なりたい
2008.01.06
あたしたちに選べるのは、
いいにしろ悪いにしろ、
何かが起こったときに自分が何をするか
ということだけなんだよ。
起こってしまったことについては
選ぶも選ばないもない。
でも、次に何をするかは選べるよ。
(最悪なことリスト、トリイ・ヘイデン)
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早いですが、また明日。
「永遠(とわ)に」
どこかで
落ち込んだ言葉
「その人が存在するうちは
伝えたい想いは
伝わらないもの」
そんなの そんなの
そんなこと そんなこと
あるもんか!
生きていられるからこそ
伝えたいんだ
生きていられるからこそ
伝えられるんだ
ひとりの人に
伝わって
また別の人に
伝わっていく
そうやって
想いは深まって
引き継がれていくのさ
安心した・・・
あなたという
後継者を
見つけられたから
2010.06.20
大切な人と出会っても、
残念ながら出会った瞬間に
それに気づくことはまれである。
その人の重さに気づくのは、
多くはその人を失った時なのである。
もしも今自分は大切な人と出会っている、
と気づくことができたら、
僕らの人生はもっと楽しいものになるのだろうか、
もっとつまらないものになるのだろうか。
あるいはまたこの妙こそが、
人生そのものなのだろうか。
(いつも君の味方、さだまさし)
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またあした。
みんな、辛くても踏ん張っていてくれてありがとう。
あったかくして、よく眠るんだよ。
私など、まだまだ甘くって、本当にごめんなさいなんだけど。
ごめんね。どうもイイネボタン、エキサイトブログのみらしいの。
でも、いろんな出会いがもらえるから、使ってみようと。
とんでもないです。
まほと出会ってくださってありがとう。
いっしょに歩ませてくださいね。
泣き笑いできる仲間がいることは宝です。
ありがとう。。。
「今があるから・・・」
今日という日が
あるから
昨日までの過去を
振り返ることができる
今日という日が
あるから
明日を
夢見ることができる
あったりまえだけど
比較する
新しい今日がなくっちゃ
いつまで待っても
昨日に変わらないし
明日はやって来ない
今日という一日を終え
つぎの朝を迎える
その繰り返しで
人は生かされ
年を重ねられる
きっと
大事なことは
過去を活かし
未来へとつなぐ
今日という日の
わたし自身の
生きざまに違いない
2009.09.02
危険をともなうんだよ。
成長は変化で、変化ってのは
恒常性を壊すものだ。
変化している子供を、大人は
「変わった」と言って非難する。
それはあんまりだ。
人は死ぬまで変わる。
変わらない方が長い目で見たら不運だ。
(できればムカつかずに生きたい、田口ランディ)
才能が発掘されても
つかいみちがわからなければ
なんにもならない。
あるいは、
人生から蹴落とされても
そこにはまだ人生があり、
背負いきれない不幸を背負わされても
立っていることは不可能ではない。
(こどものころにみた夢[男]、角田光代)
という考えには否定的で、
むしろ、
幸せに人生を成功していく人は、
何事がおこっても
ハッピーエンドストーリーに
こじつける想像力が豊かである、
と言い換えたい。
(奥田弘美)
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね
堕ちてゆくのを
隠そうとしても
隠せなくなった人を
何人も見ました
(汲む、茨木のり子)
初々しさ、忘れずにおきたい。。。
それがなくなったら、まほっちはかわいいおばあちゃんになれないと
アネキのまほが言う。忠告をありがとう。。。
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またあした。 あったかく・・・ね。
愛してます」
目が覚めた
わたしは生きている
わたしを守ってくれる人も
一緒に生きている
どれだけ
ありがとうを言っても
言い足りない
この感謝の気持ちを
少しでも
返す場所が
あるとしたら
「ここ」しかない気がする
どんな環境にあっても
感謝の思いさえ
忘れなければ
生きていける・・・
少しでも
感謝の思いを
返さなければ
人生にピリオドを
打つわけにはいかない・・・
そう思える自分が
愛おしい
2009.05.05
勇気っていうのは、
なにかを取り戻すことなんだ。
間違ってることには従わず、
困ってるひとを助けてあげること...
考えてみればあたりまえじゃないか。
でも、実際にはなかなかできないだろ?
できないことが、自分でも悔しいだろ?
大切なものをいつの間にか、
なくしてるからなんだ。
それを取り戻して、
自分が「こうなりたい」と
思う自分になろうとする気持ちが、
勇気の第一歩なんだよ。
(さすらい猫 ノアの伝説、重松清)
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今日はあったかかった。ありがとう。
またあした。
「明るい毎日『あいうえお』」
あかるくげんきに あいうえお
からだにきをつけ かきくけこ
さらなるどりょく さしすせそ
たのしくやろう たちつてと
なみだこらえて なにぬねの
ハッスルハッスル はひふへほ
まじめにリハビリ まみむめも
やればできるさ やいゆえよ
らいねんきっと らりるれろ
わらってみせよう わいうえを
2003.秋
あなたバージョンを作って歌ってくださいね。
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今週も仲良くしてくださいね。
元気ハツラツぅ~
今日の記事、「見えないものを「信じる」って強いですね」を
読ませて頂きました・・・。 上の記事は、まほさんの言葉、
で、その下の記事が、お勧めの言葉でしょうか? 毎回、
見るたびに、「うんうん」うなる言葉ばかりで、「ありがとう!」
って叫びたくなります^^ 少しづつしか読めませんが、少し
づつ、このブログを理解したいと思っています。
御身体のほうは、どんな具合か、今ははかりしれませんが、
目に見えないものを信じることは、僕は、精一杯生きているか?
与えられた人生を、自分なりに努力して歩んでいるか? 誰に
も迷惑を掛けずに、甘えずに生きて頑張っているか? ・・・って
解釈しました・・・。 コメント欄が閉じられていたので、こちらへ
コメントさせてもらいました。 生意気なコメントかと思いますが、
また、少しづつ読ませてもらいます^^
これからも、よろしくお願いいたします・・・。 また、頑張って
ください。 僕も、kyoさん同様に、細々と続けます^^
ゆうき ☆彡
記事の感想ありがとうございます。
そうです。上部がまほの詩で、下部が引用のことばです。
まほの詩で日付がないものは『ありがとう』の詩集からの転載。
84篇のうちのひとつです。
そのまほの詩と似た名言を「コラボ」させていただいています。
本当は文章を打ちたいのですが、
握力のない人差し指一本入力は、
冬の寒さで少しでエネルギー切れとなります。
コピー機能が使えるからありがたいですね。
詩の感想は、読み込んでくださり、感謝です。
>目に見えないものを信じることは、僕は、精一杯生きているか?
>与えられた人生を、自分なりに努力して歩んでいるか?
>誰にも迷惑を掛けずに、甘えずに生きて頑張っているか? ・・・って
>解釈しました・・・。
そうですね。そのとおりですね。
ただ最近、甘えられる人には頼っていいんだと感じています。
人に迷惑も、みんな掛け、掛けられ生きています。
破廉恥なことや警察沙汰はだめですが、なんでもやってみていいんじゃないかなと。
人間は支え支えられですから、
誰の手も借りないことが強さでも立派でもありませんよね。
まほなんて家事ができないし、シャワーやシャンプも着替えもすべて家族です。
助けてもらわないと生きていけません。
ですから、自分が無理なくできることで、ご恩を返させてもらっています。
ブログがそれですね。生きがいをもらっています。
またなんでも聞いてください。
ありがとうございました。そうして、お仕事、お疲れ様です。
私はブログから他の人の生き方や考え方を学んでいるんだと。
ですから出会いがないまほにはありがたく、愛おしい存在であると。
自分がどれほど恵まれているか、
平和な日本で食べるものに困らず、住む家があり、
あったかいお布団で眠れるしあわせは、
感謝し尽くせません。
ありがとう。。。
またあした。