みんなが生きやすい社会はどうしたら出来ますか?

「みんなを大事にするために」

現代は
何でもかんでも
平等と言う風潮

平等って
いのちの尊さが
みな同じってことだよ

男性も女性も平等
大人も子どもも平等
健常者も障害者も平等

考え出したら
平等って
怖いよね

どうしたら
いいと思う?

わたしは
区別が
必要だと思うの

男性と女性の区別
大人と子どもの区別
健常者と障害者の区別

区別がなかったら
弱者への
思いやりが
消えてしまう

人間の持つ
やさしさが
発揮できなくなる

区別というのは
「差別」することじゃないよ

ひとりひとりが
お互いに
しあわせに
生きるために
必要だと思うの

2009.04.18

欲望は誰でも
生まれながらに持ってるから
理解しやすいけど、
良心(やさしさ)は
個人個人の手造り
みたいなモンだから、
誤解されたりギゼンだと
思われやすいんだよな。
(フルーツバスケット、高屋奈月)


過去記事コピーもコメント欄に載せています。
ちょっと前はこんなに長文が打てていたんです。
お時間がある方は読んでください。






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Commented by mahorou at 2013-04-07 06:05
過去記事2010


人生にはいろんな「時」があります。

一日24時間、笑ってばかりの人も、
泣いてばかりの人もいません。
そう思うと人間の感情もいろいろあり、
「虹」のようなものかもしれませんね。

雨が上がり、虹が出る。
その一瞬、虹に気づく人も気づかない人もいます。
たしかにその「時」虹はあったんです。
でも永遠にではなく、虹は消えたのです。

見た人の心を明るくして。
そうして、虹を見た人が虹を見なかった人に、
虹を見せてあげる。
これって、すごいことじゃないですか。

運悪く見られなかったことが、
その人の厚意によって、虹を見るチャンスを
いただけたんですからね。

人と言うのは、
自分が思いもせずところで、
人さまを幸せにしているんですね。


Commented by mahorou at 2013-04-07 06:06

人間は弱い生き物ですが、その弱さが、
悪い状態で出るのが「いじめ」という行為です。

家族は、わたしに注意・苦情・文句(?)を言うと、
なぜだか元気になります。

「悪くはないわ」

元気だったワタシが
シュンとなる

疲れてたはずのアナタが
元気になる

まるで
オセロのように
クルリと

まっ いいか
アナタが元気になるのなら
叱られても
悪くはないわ


そこで、気づくのです。
「いじめ」もストレス発散だと。
ただ、「いじめ」場合、その対象が、
自分より弱いと思っている
やさしい人になります。

Commented by mahorou at 2013-04-07 06:06
家族の私への「不満」と
「いじめ」の違いは、ズバリ、
双方に信頼関係があるか、ないかだけです。

「いわれたくないね」「ほっといて」「うるさいわ」
・・・の言葉。
嫌いな人からなら、傷つきますね。
でも、家族からなら、まほは笑って過ごせます。

どうせ向かうなら、自分より強い人に・・・
そうしたら、あなたは本当に強い人になれますよ。
やさしい人をいじめるのは、
「わたしは弱い人間です。だから許して下さい」と、
看板をぶら下げているんです。
こころの奥ではね。。。

あなたはいじめっ子から
「やさしい人」と証明されているんですよ。
だから・・・泣かないで・・・ね。


「あなたは、
 あなたで
 いいのだ。」
あなた自身がそう思えば、
世界は案外、笑いかけてくれる。

人生は、うまくいかないことと、
つらいことと、つまらないこと。
そのあいだに、
ゆかいなことやたのしいことが
はさまるようにできているから。
どうか、あなたの人生を大事に生きてほしい。

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Commented by mahorou at 2013-04-07 06:08
過去記事2010

悲しみの特効薬なんてないんだよ
「慰め」という麻酔は
ホントのことを隠すだけ
つらいけど努力して
心のしくみや自分の言いわけを
理解することが
薬なんだよ
でもって「裸の自分」を
知るしかないんだ
(愛のシッタカブッタ、小泉吉宏)


厳しいこと言う人がいます。
やさしい言葉がほしいときに、
厳しい言葉の現実があったら、
あなたはどう思うでしょうか?

まず最初に、悲しくて泣けてくるでしょう。
自分の気持ちをわかってもらおうと
必死になるでしょう。

その必死さが、
自分らしく生きるための
はじめの一歩だと思います。

厳しく言うのは、あなたのためよ・・・とか、
愛のムチよ・・・というのは、
自己弁護、己の主張を正当化したいだけ。
本当に心から心配してくれている人は、
自分の考えを押し付けません。
「あなたが望むように」「自由に」との
思いを感じますね。

Commented by mahorou at 2013-04-07 06:08

愛のムチだったと感じるか、
感じないかは相手のきもちだと思いますよぅ。

「あなたのためよ」なんて、
傲慢もいいところです。
よく親が子に使う言葉・・・ですね。

そういう言葉で、
親の言う通りになるのは
ちっちゃいときだけです。
あなたがいなくなっても、
子は生きていかねばなりません。

本当に子を思うなら、
生きていく力をつけてあげられるように、
親自身が謙虚に誠実に生きるしかない・・・
と思う朝です。
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by mahorou | 2013-04-07 05:59 | 2013年のつぶやき | Trackback | Comments(5)