「ある」と幸せで「ない」と不幸せ・・・なのでしょうか

6月10日お誕生日の方おめでとうございます。
今日はあなたさまの誕生日。
本当にお世話になりました。
あなたのがんばりと笑顔を忘れずにおります。
お幸せをそおっとお祈りしています。。。

いつも3分で読める長さにしていますが、
今日は長文ですので、お時間があるときに
また遊びに来てください。
写真もない文章だけのブログですので、
文字の色を変えてみますね。

人の世は成熟し退廃する、
それを繰り返してゆくだけなのだろうか。
...ええ、いつまでも繰り返すでしょう。
でもその度に、新しい何かが生まれる。
それがまた滅びるにしても、少しずつ少しずつ、
その型も変化してゆくでしょう。
全く同じように見えていても
その中で何かが消え去り何かが生まれている。
(村田エフェンディ滞土録、梨木香歩)


わたしたちは、何にも「ない」ときから、
いろいろ「ある」ときを過ごしています。
「ある」中では、なかなかしあわせには気づけません。
「ある」ものがなくなったときに
しあわせに気づきやすいですね。

では、「ある」ときがしあわせで
「ない」と不しあわせなのでしょうか?

みなさんも、考えてくださいね。

何かを失ったとき、どう感じたでしょうか?
しあわせに気づけなかったでしょうか?

まほは思うんですね。
「ある」という状態がしあわせで、
「ない」ということが不しあわせだとは
限らないと思うんですよ。

なぜなら、まほは手足の筋力を失くし、
家事一切できない障害者になりましたが、
「ない」ということを、不自由はありますが、
不しあわせと結び付けられないのです。

「ある」という状態は
しあわせにも不しあわせにもなりますし、
「ない」という状態も、
しあわせにも不しあわせにもなると
思うのです。

そのように考えると、
しあわせか、不しあわせかどうかというのは、
環境ではなく、その環境下における
自分の思い方じゃないか・・・と
思うんです。

自分のありのままの環境を
受け入れられなければ、
不しあわせと感じるでしょうし、
「ない」という状態を受け入れる(許せる)
ならば、心はしあわせを感じるのでは・・・
と、ふと思いました。(2010つぶやき再掲)

まだ物語を
つくったことのない人は、
つくってみなさい。
何でもいいからつくってみなさい。
そうすれば強くなれるから。
いつかつらいことがあっても、
きっと平気でいられるから。
お話の世界に逃げ込む
という意味じゃないんだ。
物語の中で、
いろんなものを見て、
優しさとか強さとか、
いろんなものを知って、
それからまた帰ってくるんだよ。
誰かのつくった物語でも、
もちろんいい。
でも、自分でつくったほうが、
知りたいものを知れる。
もし知りたいものが何なのか、
わからなかったとしても、
きっと見つかってくれる。
自分でつくる物語は、
必ず自分の望む方向へ
進んでくれるものだから。
(ノエル、道尾秀介)


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by mahorou | 2014-06-10 05:55 | 2014年のつぶやき | Trackback